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ねぎとろ丼

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熱愛ミラクレーション 後編


   【咲夜】 二

 私はお嬢様に呼ばれた振りをして一人で泣いていた。
 いや、正確に言えば呼ばれたのだが、すでに用事は済んでいる。私が部屋に戻ろうとしていないだけ。
 お嬢様は東風谷さん、いや早苗が来て私の部屋で匿っていることについて訊いてこられたのだ。
「あの風祝の巫女と何をしているの?」
「向こうが遊びに来たんです」
「ふーん。本当にそれだけ?」
「ええ、そうとしか」
「最近あの女、随分とうちに来るじゃないか」
「……」
「あの女と乳繰り合っているの?」
「め、滅相もございません!」
「この前あの女とくっつけ、と言ったわね」
「はい」
「即刻中止しなさい」
「そんな! どうしてです?」
「私とあの女、どっちが大事?」
「それは……」
「なぜ即答しない!」
 顔を引っ叩かれた。カーペットを敷いた床に転がる私。
 吸血鬼が本気でビンタをすれば、それこそ人間の頭なんて一発で吹き飛ぶだろう。
 生きているということは手加減して頂けたのだ。
「出てって。不機嫌なの。殺さなかっただけありがたく思いなさい」
「……し、失礼します」
 お嬢様は今すぐ早苗を追い出せ、と言っている。でもそんなことできない。したくない。
 あの子のことを少しわかってあげられたのに。早苗だってのうのうと暮らしてきたわけじゃなかった。
 彼女にも彼女なりに苦しいことがあった。彼女だって大勢から蔑まされたこともあった。
 それなのに彼女は強かった。他人を信じるということを辞めなかった。
 早苗は本当に凄い。強い子だ。私なんかと全然違う。
 何が瀟洒だ。あの子の方がずっと完璧ではないか。
 それなのに私ときたら、今まで何て冷たい態度をしていたのだろう。最低の女だ。
 謝れば許してくれるだろうか。許してくれるだろうな。彼女のことだから。
 でもそれでは意味がない。許しを乞うたところでそれは私の自己満足。
 じゃあどうすれば良いのだろう。これからでも彼女に応えていけば良い。
 彼女が何かに苦しんでいたら、助け舟を出してやろうと思う。
 彼女が泣いていたら、彼女の輝かんばかりの笑顔を思い出させてやれば良い。
 彼女がたとえこの世の全てから拒絶されようとも、私だけは彼女を受け入れ続ける。
 トイレから出て行く。もう泣き止んだ。彼女を外に連れ出す振りをしよう。
 申し訳ありませんお嬢様、咲夜はお嬢様のお言葉に背きます。

 私は眠たそうな顔をして待ってくれていた早苗を連れ出した。
 訳を話してから時を止め、早苗を抱えて紅魔館を出る。
 そして早苗の手を握り、幻想郷で私が一番好きな場所へ連れて行った。
 それは湖と紅魔館と、そして月が見える原っぱ。
「すごい……」
「綺麗でしょ、早苗」
「あ」
「私のことももう、名前で良いのよ?」
「咲夜さん……」
「呼び捨てで良いのに」
「いえその、なんていうか、その方が呼びやすいので」
「まあ、いいけど」
 月夜の下で私は外の世界からやってきた巫女を見つめた。
 今まで彼女とは目を合わせようともしなかったが、今は違う。
 はっきりと見つめたい。彼女の全てを。だがそうしようと思ったところで、途端に私は恥ずかしくなった。
 それなのに笑顔になっていく。よくわからない感情に支配されてしまった。
 そうか。私は彼女に惚れてしまっていたのだ。
 彼女が私に手を差し伸べた。私はその手を取った。そういえば私はついさっき彼女の手を握った気がした。
 そう思い出してみると、一層よくわからない感情が強くなった。
「咲夜さん」
 彼女が私の名前を呼んだ。しっかりと握られた私の手。握り返してやると、彼女の顔は赤くなった。
 すごい。他人の手ってこんなにも暖かいのか。こんなにも優しいのか。こんなにも安心させてくれるものなのか。
 でもそれは少し違うと思った。彼女の手、早苗の手だからこんなにも私を心地よくしてくれるのだ。
 私はすごく久しぶりに、他人に飛びつきたいと思った。抱きしめて欲しいと思った。彼女がそう思わせてくれた。
「早苗」
「はい」
「ありがとう」
「え?」
「あなたのお陰で少しだけ、他人を信じても良いかなって思えるようになった」
「えっ」
「あなたが好きよ、早苗」
 彼女の体を引き寄せ、抱きしめた。やっぱり気持ちが良い。好きな人と一緒に居ることが幸せ。
「あの、咲夜さん!」
「うん? 女同志だから、変?」
「そ、そうじゃなくてですね! そのですね! 何ていうか……私も好きです」
 顔を真っ赤にしてとても嬉しいことを言ってくれる。ああ、もう。ますます好きになった。
 ぎゅっ、と彼女が抱きしめてくれる。私も抱きしめ返す。彼女の満面の笑みが光って見えた。
 私は本能のままに彼女を押し倒し、覆い被さった。
「きゃっ!」
 彼女の後頭部にしっかり手を当ておいたので、彼女を驚かせてしまっただけで怪我はさせていないだろう。
「さ、咲夜さんちょっと待って!」
「なあに? 私達、今夜恋人同士……ううん、愛人同志になれたでしょ?」
「……」
 そう言ってみると、彼女はより顔を赤くしてしまった。言葉も失ってしまったらしい。
「でも、その」
「大丈夫、怖くなんかない」
「……」
 彼女の目は潤んでいた。顔を近づける。彼女はぎゅっと目を瞑ってしまった。
「や、優しくしてくださいね」
「ええ。たっぷり可愛がってあげる」
 私も目を瞑る。もっと顔を近づけた。顔のどこかがぶつかるぐらいに。
 案の定、私達は鼻の頭をぶつけた。折角の気分が台無しだった。
 何が起こったのかと彼女が目を開ける。苦笑していると、向こうは察してくれたのか、首を傾けた。
 ああ、そうしてもらえるとやりやすい。私はもう一度顔を近づけ、今度は口付けすることに成功した。
 もう暖かいなんて生易しいものじゃんかった。熱い。キスはこんなにも熱いものだったのか。
 自分から迫ったというのに、こっちが恥ずかしくなってきた。だが恥ずかしいのは向こうも同じらしい。
「咲夜さん」
「ええ、早苗」
 もっと早苗のことを感じていたい。早苗の体温を感じていたい。彼女の肩に手を置き、体を密着させた。
 髪の毛に触る。なんてサラサラとした感触なのだろう。きっと良い洗髪剤を使っているに違いない。
 匂いも文句なし。暫く嗅いでいると「止めてください」と顔を赤くして言われた。
「変態みたいなことしないでください」
「酷いわ。髪の匂いぐらいもっと嗅がせてくれても良いのに」
 ただ髪を褒められたことに関しては素直に嬉しいらしい。本気で嫌がっているわけでもないし。
 彼女の頬に手を置いた。向こうもそれに習ったのか、私の頬に手を当てる。
「もう一度キスしてもらっても良いですか……?」
「何度でも」
 今度はお互い恥ずかしがったりせず、求め合ってのキス。
 だが舌を相手の口へ挿れるのはまだ早いかな、と思ってしなかった。
 長い接吻。月光に映える彼女の姿。目、鼻、口。耳は熱くなっていた。
 向こうが強請ったら今度はこっちが要求し、何度もキスを繰り返す。
 時計が示す時間はもう深夜になっていた。
 綺麗なベッドの上でのキスじゃなくてごめんね、と謝ったら向こうは手と顔をぶんぶん振って否定した。
「全然そんなことないです! 確かに外だから蟲がちょっと気にはなりましたけど……それでもロマンティックで素敵でした!」
「そう言ってくれるとあなたにここを紹介した甲斐があったわ」
 お互いそろそろ家に戻った方が良いだろう。
 早苗の場合は家族、もとい彼女の仕えている神に心配されているだろうし。
「あの、じゃあ、また」
「ええ。気をつけてね」
「あ、あの!」
「何?」
「愛してます、咲夜さんのこと」
「ええ。私も早苗のこと、愛しているわ」
 別れ際にもう一度だけキス。それを最後にして彼女とはここで別れた。
 この後館に戻ったらお嬢様に何と言われるのだろうか。私は殺されてしまうんじゃなかろうか。
 もしそうなったら私は全力でお嬢様に刃向かおうと思う。
 今の私には大切なあの子と一緒の時間を過ごすという目的がある。
 だから死ぬわけにはいかない。何があろうとも、だ。

 意外にも私は何も言われなかった。玄関から中へ入ると、そこにお嬢様が待ち構えておいでだった。
 有無を言わさず殺しにかかってくるのでは、と思って咄嗟に構えた。
 でもお嬢様は何もせず、言わずで部屋に戻られたのだ。
 黙認していただけたのか。それとも呆れられたのか。どちらにせよ、私は命拾いした。
 明日からメイドの仕事をしつつ、彼女と会う時間を作っていけるようにしなければ。
 毎日招待し、私のお茶をお菓子をご馳走してやりたいぐらいである。
 外が少し明るくなった。日の出らしい。お嬢様はもうお布団に入られたのだろう。
 急いでお嬢様のお部屋へ行き、ノックすると「入って良いよ」と許可を頂けた。
 何も言われないようなら、こちらから何も言わなくても良いだろうということにして普通に仕事をこなす。
 お嬢様のドレスを脱がせ、寝間着に着替えさせて頂いた。
「おやすみ咲夜」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
 声の調子も普段通りだった。お嬢様が私と早苗の仲について認めてもらえたと思って良いだろう。
 玄関が開き、何者かが外へ出て行く音がした。
 美鈴だろう。彼女はいつも朝焼けと共に外へ出て拳法の修行をしている。
 さてと私はこれからシャワーを浴びてから時間を止めて眠りに就こうと思う。
 いや、シャワーは起きてからでいいか。早苗の唾液で汚れた顔のまま寝るのも良いかもしれない。
 今日はきっと良い夢が見られるだろう。

   ※ ※ ※

 グッスリ寝た。気分的には十二時間ぐらい。
 とはいえ止まった時間の中だから、周りからすれば一秒も寝ていないように見える。
 何か夢を見た気がするが、目を擦っている間に内容を忘れてしまった。
 湯浴みしてお洒落したら掃除を少しだけ進めて、朝食の用意。
 今日も良いメイド日和。所により巫女が振ってきて欲しい。

   ※ ※ ※

 今日は特別仕事を急いでいる。というのも、早苗の神社に招待されたからだ。
 普段なら一日かけて終わらせる仕事を午前中に終わらせようとしているから、大忙し。
 それでも途中時間を止めての休憩を挟みながら何とか片付けた。
 妖精メイド達に今から外出するから、と言って遊んで散らかしても片付ける様言いつけた。
 パチュリー様と美鈴、フランお嬢様にもその旨を伝える。
 お嬢様は昼間寝ているので、書置きだけ。これでもう大丈夫。さあ守矢神社へ行こう。
 焼いたクッキーの小包を持って山の上を目指す。
 途中夜雀とすれ違った気がしたが、愛する者に会いに行く最中の私は最強である。
 何も言わなくなるまで痛めつけてから山の上へ飛んで行った。
 守矢神社に到着。前来たときと同様綺麗だ。霊夢が普段どれだけ掃除をサボっているのかがよくわかる。
「おや」
「こんにちは」
 例の背の高い女性が私に気がついて出てきたらしい。
「うちの早苗と乳繰り合ったそうじゃないか」
「とっても可愛かったですわ」
 そう返してやると向こうは顔を真っ赤にしてそれ以上何も言わなくなった。
 神だというのに、ウブなところもあるらしい。
 早苗は今神社の奥を掃除しているとのこと。言われた通り奥へ行くと箒を持った彼女の姿があった。
 目に優しい色の髪を揺らして健気に落ち葉を集めている。
 改めてみてみればなんて綺麗な子なんだろう。
 袖の近くに見える二の腕はまるで美しく整えられた人形のごとし。
 古の美術家達よ、あなた達が求めた美しい肉体は今私の目の前にあるぞ。
「咲夜さん!」
 こちらに気付いた早苗は箒を置いてこちらに飛び掛ってきた。
 受け止めようとしたのだが勢いが強すぎて倒れそうになる。
 すんでのところで時間を止めた。危うく後頭部を痛めるところである。
 彼女の体を抱き寄せ、何十時間かぶりのキスを味わってから私が倒れこむような形にして時間を動かす。
「あ、ごめんなさい! 大丈夫でしたか?」
「今度からはもうちょっとソフトに飛び込んで来てね」
 言い終わったと同時に唇を奪われる。初めて彼女からキスをされた。
「さ、早苗!?」
「えへへー」
「油断も隙もありゃしないわね」
 今の光景をここの神に見られていたらどうなるのだろう。
 誘われて家に上がらせてもらうと、中に居た背の低い神に「若いって良いね」と言われた。
 早苗の淹れてくれたお茶を一口。
 里の茶屋のお茶ではなく、早苗の淹れてくれたお茶だと思うととても美味しく感じる。
 落ち着いてきたところで私の焼いてきたクッキーを差し出すと、彼女は喜んで受け取った。
「よくお菓子とか作ったりするんですか?」
「ええ、するわよ」
「早速食べても良いですか?」
「どうぞどうぞ」
 彼女が一口、パクりとクッキーを口の中に放り込んだ。一つ丸々。
 一口サイズにしているが、まさか一個そのまま食べるとは思わなかった。
 口は閉じているのに豪快な音が聞こえてくる。音がしなくんったと思えば何も言わず二個目を食べた。
「お口に合うかしら?」
 彼女は笑顔で頷いてくれた。
 深夜の原っぱで早苗と愛の契りを交わした後、早苗は家に帰ると神達に怒られたそうだ。
 というのも神達は早苗がお嬢様に何かされたのでは、と思って紅魔館に殴りこもうと考えていたそうだ。
 結局それまでに早苗が神社に帰ったということで諦めたそうだが。
 今度遅くなるときは前もって言って欲しいときつく言われてお叱りは終わったらしい。
 逆に言えば前もって言っておけば彼女はお泊りオーケーだということだ。
 彼女にそう言ってみると早苗は「お泊りしに行ってもいいですか!」と言ってきた。
 だがちょっと待って欲しいと私は返す。
「折角だから私が早苗のところに泊まってみたいわ」
「え!?」
「不都合でも?」
「全然ないです! ちょっと相談してきます!」
 彼女が部屋を飛び出した。私の中ではもうオーケーをもらった気分になっていた。
 例え無理だと言われても健全なことしかしません、と説得するつもりだからだ。
 時間を停止し、紅魔館に戻って「泊まってきます 咲夜」と書置きをしておいた。
 大急ぎで神社に戻り、時間停止解除。呼吸が落ち着いてきた頃に早苗は帰ってきた。
「良いそうですよ!」
「それは良かった」
「でも、ちょっと話させて欲しいそうです」
「良いわよ、別に」
 早苗に誘われるがまま神社の本殿へと誘われる。そこには背の高い神、低い神の二人が居た。
 背の低い方が自分は「洩矢諏訪子」だと笑顔で自己紹介してくれた。
 一方、背の高い方は険しい表情。
「座りなよ」
 神奈子が口を開いた。言われた通り彼女の前に座る。早苗は私のすぐ横へ。
「あんた、早苗をどう思っているんだい?」
「愛していますわ」
 何の躊躇いもなくそう言った。相手は予想していたらしく、大した反応は無かった。
「……うん、本気で想ってくれてるみたいだね。真っ直ぐ私を見て答えてくれたし」
 神奈子の表情が柔らかくなっていく。かと思えば大声で笑い出し、私の傍まで寄ってきて肩を叩いた。痛い。
「良いよ。うん、早苗との交際を認めてあげてもね。でも悪魔の狗であるあんたを本気で信じたわけじゃない。もし早苗を泣かせるようなことがあったら、タダじゃおかないよ」
 よくわからないが、私は神奈子に早苗の愛人だと認めてくれたらしい。
 早苗が私の手を握った。神奈子はそれを見て顔を真っ赤にした。
「咲夜はもちろん、うちでご飯食べていくんだよね?」
 諏訪子が横からそう提案してくれた。私は快諾する。
「是非とも」
「良いよ、歓迎する。早苗に美味しいの作ってもらってね」
 お嬢様とは違って、この二人は私を快く迎え入れてくれた。素直に嬉しい。私は二人にお礼を言った。
 守屋神社の夕食。メニュー自体は正直に言えば質素なものだった。
 というのも、うちの紅魔館では吸血鬼のお嬢様が里には手を出さないことを条件に贅沢な食材、金品等の供給等をしてもらっている。
 早苗に訊いてみると、ここ守屋神社ではお賽銭や神事のお布施、お祭り時の場代等から地道にお金を稼いでいるんだとか。
 早苗の料理の腕前も人並み程度。でも早苗の作ってくれたご飯だと思えばとても美味しく頂けた。
「ど、どうですか?」
「うん。美味しいわ」
「それなら良かったです!」
 早苗の煮込んでくれたでろう穀物を頬張る。私ならこうやって料理するのに、というのをぐっと堪えた。
 今はそんなことをするより、ただ純粋に早苗の手料理を味わいたい。
 いつもフルコース料理みたいなものを食べていると人間ダメになるな。
 簡素な食事であろうとも、会話の弾む空気だと楽しめるわけだし。
 今度私の料理を教えてあげようか。そうすればエプロン姿の早苗が拝めることになる。
 エプロン姿の早苗なんて想像するだけで胸が躍った。いけない、いけない。興奮している場合ではない。
 瀟洒で淑女なメイド長の私は冷静さを取り戻し、早苗一家との夕食を楽しんだ。

 食後。神奈子と諏訪子がお風呂に入ると言い、早苗はその準備をしに行った。
 暫くすると早苗が帰ってきて「お風呂どうしますか?」と恥ずかしそうに尋ねる。 
「え?」
「ほら……その……」
「一番最後で良いわよ」
「そ、そうじゃなくって!」
 早苗はどうやら一緒に入ろうよと、誘って欲しいようである。恥ずかしがらずにそちらから言ってきたら良いのに。
 私だって堂々としている風を装っているが、十分恥ずかしいのだから。
「ウフフ」
「な、何なんですかその笑い!」
「一緒に入りたい?」
「い、いじわるしないでくださいよぉ!」
 どうやら神達も一緒に入っているらしい。私はこれをチャンスだと思い、早苗を抱き寄せた。
「さ、咲夜さん!?」
「お風呂に入るまで、ね?」
 唇を奪う素振りを見せると彼女は目を瞑った。暫くキスしないでやると彼女は何事かと不思議に思ったのか、目を開ける。
 その瞬間を狙って唇を押し付けた。彼女は目を見開く。キスの瞬間を見せ付けてやった。
「んー! んー!」
 何か言いたげなのを無視して接吻し続ける。そのうち早苗は目をとろんと蕩けさせた。
「あ、ふあ……」
 可愛い声で鳴いてくれる。だがそろそろあの神達がお風呂から出てくる頃では、と言って早苗の体から離れた。
 直後部屋の襖が開け放たれる。体から湯気をたちのぼらせた神奈子達が下着姿で部屋に入ってきたのだ。
「あんたらの番だよ。入りなさい」
「ではお言葉に甘えて」
 そう言って風呂場へ行き、その前に用意されていたであろう籠にメイド服と下着、ブラウス、ホワイトブリム、ペティコート、時計、ナイフを置いた。
 早苗は中々来なかった。あの神達に色々言われているのかもしれない。気にせず私は先に入った。
 ここの風呂場は中々広いらしい。湯船が少し大きい。これなら三人ぐらい入れそうだ。
 と、早苗もようやく入ってきた。タオルで股間と胸を隠している。
「し、失礼します」
「ここはあんたの神社でしょ。何で早苗がかしこまるのよ」
「別に……」
「ほら、こっちおいで」
 早苗の二の腕を掴んで湯船に入るよう促した。彼女は顔を赤くしながら一度湯を浴びて体を慣らすと左足からゆっくりと浴槽に入っていく。
 両脚と胴がお湯に浸かったところで私の傍へやって来た。
「湯加減、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫」
「……さっきの続きしますか?」
「そんなにしたいの? 早苗ったらいやらしいんだから」
「そ、そんな!」
「ウフフ」
 ちょっと虐めると本気になって取り乱す早苗が可愛い。彼女の肩を掴んだ。地肌はスベスベしていて、良い触り心地。
「早苗って綺麗な肌しているのね」
「そんな……」
 早苗も私の肩を掴んだ。
「咲夜さんの方こそ綺麗です。変わった石鹸でも使っているんですかね」
「そうね。早苗の愛という石鹸で体を洗ってみたいですわ」
「すいません、それ恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしい」
 ちょっと気取ってみたのだが、どうやら受けなかったらしい。私はちょっとだけ死にたくなった。
 でも時間を戻したところで彼女の記憶まで前の状態には戻らない。
 あわよくば平行世界の私が早苗に向かって愛という石鹸で、なんて言っていないことを祈るばかり。
 気を取り直して早苗とのちゅっちゅを再開するも、どうも私は盛り上がれないでいた。
 というのも、私は着衣しての行為を好むのではと思い始めている。
 別に早苗の裸体に魅力を感じないというか、そういう話ではない。
 帽子のないお嬢様の様に、早苗も髪飾りがなくなると魅力が半減するのではと思い始めたのだ。
 向こうはこれでも満足したのか、これ以上の行為を求めてこなかった。
 寝る前になったら思う存分襲ってしまおう。
 そう思ってお風呂の中では静かにしていた。
 でも本当の所では理性が働いていたのかもしれない。
 裸同士でのキスがエスカレートし、過剰な性交渉を求めるようになってしまったら自分を抑えられる自信がない。
 それこそあの神達が私と早苗がお風呂から中々出ないと不思議がって風呂場を覗かれたとしても、見せ付けるように行為を続けてしまうかもしれない。
 ぼんっきゅっぼんっな彼女のボディラインを背中から堪能。体を洗う彼女を眺めることで我慢することにした。
 髪を洗う際、かき上げたときにちょっとだけ見えたうなじに同性ながらも惚れてしまった。
 あのうなじをもっと眺めたい。凝視したい。出来ることなら舌を這わしたい。早苗ちゃんのうなじぺろぺろ。
 いけない、いけない。ここは早苗の家なのだ。行き過ぎたことだけはしてはいけない。
 あの過保護そうな神奈子が怒るような真似だけはしたくない。
 私と早苗が体を流し、温もるときも何もせずおしゃべりだけして入浴は終えた。
 夜。
 早苗が神社の見回り、戸締りをしに行った。私は早苗の部屋で待っている。布団は二枚敷かれていた。
 神達は神社の本殿で寝泊りしている様である。神だということを考えれば不思議ではなかった。
 早苗が戻ってきた。寝るときは寝間着に着替え寝る様である。
 お風呂から出たとき、巫女服ではなく寝間着に着替えていたからだ。
 寝間着姿の早苗が部屋の襖を静かに開け、行儀良さそうに入ってきた。
「あら、おかえり」
「あ、はい」
 早苗が髪飾りを部屋の机に置いていた。私ももう寝ると思ってベストやホワイトブリムは外している。
 もみ上げに結んでいるリボンもだ。
「咲夜さん、明日には帰っちゃうんですよね」
「まあね。あんまり休んじゃうと色々と溜まるからね」
「このままこの神社の巫女二号になってくれたらなあ」
「お断りしますわ。お嬢様のメイドで結構」
「ぶー」
「ま、そう言わないでよ。色々お世話になったしね、従者で居ることで恩返しをしているみたいなものなのよ」
 明日の朝にはこの神社を出るつもりである。あまり暇をもらいすぎるとお嬢様に酷く怒られそうな気がするからだ。
 考えてみれば今この建物には早苗と二人きりである。あの神達が本殿へ行っているから。
 そう思うと途端に心臓の高鳴りが激しくなり、気がついたときには早苗を布団に押し倒していた。
「さ、咲夜さん! 痛いです!」
「ご、ごめんなさい……」
 早苗の悲鳴で我に帰った。しまった、つい乱暴にしてしまった。私のテンションは一気に下がっていく。
「酷いです。初めての時はもっと優しくしてくれたのに……」
「……」
「わかってくれたら、別にいいです。あと、神奈子様と諏訪子様が本殿に行かれたとはいえ大きな音を立てると気付かれちゃいます」
「はい」
「じゃあ、続きしてください」
「早苗も中々好きモノね」
「いえその、こんな機会滅多にないって思うと……」
「悪く言ったつもりはなかったの。ごめんなさいね」
 一気に顔を近づけて微笑んだ。彼女が目を瞑る。私が上から覆いかぶさる形で唇を奪ってやった。
 どうやら私は攻めていく感じでするのが好みらしい。
 このままドサクサに紛れて彼女の首筋、二の腕、肩、腰、太ももを撫で回した。
 彼女は喘ぎを漏らし、良い感じに恥ずかしがってくれた。
「咲夜さっ……激しすぎます!」
 早苗の体は私の思うがままだった。私にされるがまま。
 でもあと何時間後には紅魔館に戻らないといけない。このままこの時間が永遠に続けば良いのに。
 早苗が私と同じように時間を止める世界に入られるのなら全て解決するのに。
 お互い行為を堪能したら終わりのキスをして布団に入った。
 私も早苗も汗だくだった。折角お風呂に入ったのに台無しである。
 早苗はあれからすぐに眠ってしまった。私はというと眠れずに居た。
 愛しい彼女がすぐ隣で寝息を立てていると思うと興奮して眠れないのだ。
 あと十分だけ目を瞑ったらここを出よう。彼女の頬にサヨナラのキスをしよう。

   ※ ※ ※

「咲夜ーっ!」
「は、はい!?」
 目が覚めた。天井は古ぼけた和室っぽい感じ。洋式建築の天井ではない。
 つまりここは私の部屋じゃなかった。隣には巫女服姿の彼女が居た。
「もうお昼ですよ」
「ええっ!?」
「何度も何度も起こしてるのに、咲夜さんったら全然起きてくれないんですもん」
「嘘……朝には帰るつもりだったのに」
 どうやらあの時あとちょっとだけ目瞑ったら、と思ったとき眠りに入ったらしい。
 なんということだ。早く帰らなければ。
「ちょっと」
 神奈子が部屋を覗いた。
「咲夜、あんたお昼ご飯も食べていく? 折角だし早苗にお赤飯でも炊いてもらおうと思ってるんだけど」
「いえ、今すぐ帰らないといけないので!」
「え? そうなの?」
 時間を止めて身支度を落ち着いてやる。髪を梳き、衣服を整えてホワイトブリムを着用。
 時間停止解除。もみ上げの三つ編みとリボン結びをしていないことに今気付いた。
「咲夜さん、今度はいつ会えますか?」
「二十四時間以内にまたこちらへ遊びに来てあげる」
「本当ですか!?」
 メイドとしての仕事がたんまり溜まっているかもしれないが、また片付けてしまえば良いだけだ。
 何度でも早苗と寝る直前の時間を楽しんでやる。
 諏訪子や神奈子への挨拶は程ほどにして神社を出発。早苗にもサヨナラのキスをしてやろうかと思ったのに結局できず。

 図書館に用があるであろう魔理沙と、それと邪魔している美鈴共々なぎ倒して紅魔館へ帰ってきた。
 今の時間はお嬢様がお休みだろうとほっと一息。
 寝直して万全の状態にしてから仕事を一気に片付けてしまおうと思って自分の部屋を開けた瞬間、私は心臓が止まるかと思った。
 眠たそうに目を赤く腫らしたお嬢様が私の部屋に居られるのだ。
「お、お嬢様!」
 お嬢様は何も言わずに私をじっと見るめるとゆっくり歩き出し、こちらへ近づかれた。
 何か言われるのだろうかと覚悟したのだが、お嬢様はそのままご自分の部屋へ入っていかれた。
 お嬢様に驚かされたことで目が覚めてしまった私は今から仕事をしようと思う。
 というのも、お嬢様から無言のプレッシャーをかけられた様に感じたからだとも言う。
 それにしても早苗、可愛かったなと思い出した。
 まだまだ接近し足りない。やはりここは裸のお付き合いにまで発展させるべきなのだろうか。
 いやいや咲夜、それはいけない。そんな節操のない真似はまだ出来ない。
 不健全な雑念を振り払うためにも全力で仕事に取り組もう。

 サプライズは二度起きた。門の方から大きな音がしたので行ってみると、早苗に飛びつかれたのだ。
 なんと早苗が美鈴をボコボコにしてやって来たのだ。
 どうやら巫女と門番の組み合わせは美鈴が不利らしい。魔法使い相手にもよく負けているが。
「すみません、忙しいとは思いますけど我慢出来ずに来ちゃいました!」
「あらまあ」
 美鈴はというと紅魔館の壁に叩き付けれたままの状態でのびている。
 美鈴には「早苗は私の友人だから」と言って、門を通しても良いとは言っていたのだが……早苗から一方的に喧嘩をふっかけたのだろうか。
 さすがの私でもちょっと可哀想だと思った。
 まあ美鈴が気を失っているのなら、と挨拶代わりのキスを彼女と交わした。
 青い空の下で堂々とするちゅっちゅは非常に気持ちが良い。
「咲夜さん……」
「早苗……」
 このまま外で居るのもどうかと思うが、今部屋に連れ込んでも大丈夫だろうか。
 どうせお嬢様はもう眠っているだろうし、ちょっとぐらいなら平気だろう。
 玄関を通って私の部屋へ。
 どんなお茶とお菓子を出してやろうかと考えながらドアノブに手をかけたとき、嫌な感じがした。
 背後にとんでもなく悪そうな奴が居る気配。今すぐにでも私達に襲いかかって来るんじゃないかと息が詰る思い。
 意を決して振り返ってみるとそこに居る、いや居られたのはお嬢様だった。
 表情は怒っていない。でも周りの空気が重たい。時折口を開けては鋭い犬歯を見せ付けられる。
 左手を握っては開いてをしている。その手には赤黒く光る魔力の波動が宿っていた。
 早苗はそんなお嬢様を見て脚を震えさせていた。私の脚も気付かないうちに震えていた。
「お嬢様、これは」
「もうウンザリなのよ! この前言った、別れろという言葉を忘れたのか」
「……」
「答えなさい、咲夜!」
 吹き飛んだ。私と早苗が。私の部屋へ。
 いつ攻撃されたかなんて察知できるものじゃなかった。お嬢様の攻撃が速すぎる。
 わき腹から血が出ている。早苗は腕を押さえていた。
 お互い致命傷になっていないのは、わざと力を抜いて攻撃されたということ。
「私の怒りはこれぐらいじゃ収まらないよ」
「早苗! 窓から外へ逃げて!」
 早苗が慌てて窓に飛びつき、かんぬきを外したが窓は開かなかった。
「無駄よ。魔性の結界を張っている。お前らには決して破れないでしょうけどね」
 お嬢様が本気になっているのがわかる。まさかこんな術を使われるとは思わなかった。
 時間を止めてこれでもかとナイフを設置してみたが、時間停止を解除した次の瞬間に全てのナイフを弾かれていた。
 何百本ものナイフが壁に当たる。こちらに飛んできた分のナイフは時間停止を駆使して回収した。
「とうとう主人に歯向かうというのか」
「お待ちください! 早苗に罪はありません! 彼女だけは逃がしてください!」
「うるさい! そこの新参巫女は私の咲夜を奪ったも同然よ! 死罪に値する!」
 お嬢様の右手が紅く光り、その手を振るわれた。刃物と化した吸血鬼の爪が辺りを切り裂く。
 私と早苗はそれぞれ別の方向に飛んでやりすごした。
 だが早苗が完全に避けられなかったらしい。右足が靴ごと傷つけられていた。
 肉が削げ落ち、骨が見えている。彼女はパニックを起こしたらしく、自分の足しか見ていない。
 お嬢様が早苗を狙っている。お嬢様の気を惹こうとナイフを掴んだとき、自分の利き手が抉れているのに気付いた。
 時間を止めて反対側の手でナイフを投げようとしたが、思うように時間を操れない。
 極度の疲労と困惑で一時的に能力を上手く発動させられなくなってしまったらしい。
 お嬢様の左手が再度赤黒く光った。光は徐々に細長くなり、槍の様な形になっていく。
 やがて槍は太く、長く成長していった。この部屋には収まりきらないような大きさにまで。
 いけない。あれはいけない。危なすぎる。
 お嬢様が魔力で作った槍を弾幕ごっこの最中に投げることがあるが、今お嬢様が放とうとしているのはごっこに使うものじゃない。
 そんな生易しいものじゃない。明確な殺意の孕んだ立派な兵器だ。
 そんなものを至近距離から撃ち込まれたら、人間の人体をしている早苗なんて原型を留めない程に潰されてしまうだろう。
 時間を止められなくても良い、邪魔ぐらいは、と思って投げたナイフはお嬢様に命中せず部屋の壁に刺さった。
 何をしているんだ私は。こんなときに得意のナイフ投げを失敗した。
 お嬢様が私を一瞥する。口が釣り上がっていた。
 お嬢様のお言葉を聞かなくてもわかる。今すぐ早苗を殺してやる、と言っているのだ。
「早苗!」
 私の声を聞いて初めて顔を上げてくれた。前を見てお嬢様に気付く。もう遅い。
 お嬢様の攻撃が始まってしまう。あの足だから逃げることだって出来ないだろう。
 彼女が武器を持ち出して詠唱し始めたが、次の瞬間には武器を持っていなかった。
 おそらくお嬢様に手を振り払われて落してしまったのだろう。
 早苗はお嬢様を蹴って近づかせないようにしたが、少女の蹴りが吸血鬼に効くはずもなかった。
 早苗がこちらを見て笑った。今のうちに私だけでも逃げろ、と言っているのだろう。
 窓には結界を張られているかもしれないが、部屋の入り口そのものにはおそらく何も無い。
 だからといって、早苗を置いて逃げられるか? 昔の私なら言われなくてもそうしただろう。
 でも今は違う。早苗を知った私にはそんなことできない。
 最愛の人の命が危険に晒されているというのに一人で逃げるなんて真似出来るわけがない。
 意識を集中させろ。こんなときに時間を操れないでどうする。
 少しずつ周りの時間の進み方が遅くなっていく。もっと遅く、もっと遅くなれ。時間よ止まれ。
 私はどうなっても良い。だが早苗を安全な所へ逃がすまで能力よ持ってくれ。
 思っていた以上に私の出血が酷いらしい。気を抜けば意識を失ってしまいそうだ。
 だめだ咲夜。早苗を助けるまで気を抜いてはいけない。
 足を踏み出し、早苗を掴んで部屋の外へ連れ出すんだ。
 お嬢様の作り出した槍の前から早苗が離れていく。安心した次の瞬間、周りの時間は一気に加速していった。
 違う、私がもう限界なんだ。刹那、目の前が真っ赤になった。
 衝撃、激痛、意識消失。
 次に気がついたときには私は床に転がっていた。
 早苗と思わしき人物が私を必死に揺すっている。体は上手く動かせなかった。
 お嬢様が私を無表情で見下ろしていた。部屋の反対側には私の下半身が見える。
 下半身? そういえば足の感覚がない。体を起こしてみようと思ったところで上半身すらまともに動かなかった。
 視界が暗い。でも早苗が泣いているのはわかった。
 そのうちお嬢様の姿が見えなくなっていた。どこに行かれたというのか。医者を呼んで頂けるとありがたい。
 だんだん寒くなってきた。耳も聞こえなくなくなりつつある。早苗の顔すら見えなくなってきた。
 まさかお嬢様に殺されて自分の運命が終わってしまうなんて思ってもみなかった。
 もう声も出ない。折角他人が好きになれたのに。好きな人が出来たのに。愛すべき人が居るのに。
 心配そうに私を見ている早苗を安心させてやりたいのに、体は完全に動かなくなっていた。
 この後私はどうなるのか。冥界へ行ってあの裁判長に判決を下されるのか。
 出来れば超高速で私を生まれ変わらせて欲しい。でも無理だろう。
 私は神に背き、悪魔を信仰してきた者だから。地獄に叩き落されるのだろう。
 どうせなら死ぬときぐらい神に祈りたいと思う。彼女だけでも幸せに生きてくれれば、と。



   【早苗】 三

「咲夜さん、咲夜さんっ!」
「……」
「嘘、そんなの……咲夜さん!」
 私と咲夜さんの仲を不快に思った吸血鬼に襲われた。私と咲夜さんが果敢に抵抗しても全く歯が立たない相手。
 そして追い詰められた私は吸血鬼に凄く強そうな攻撃をもらうところだった。
 私は死を覚悟した。咲夜さんを見て、今のうちに逃げてくださいと念じた。
 それなのに現実では私が生きていて、咲夜さんが瀕死の重傷を負うことになっていた。
 体が真っ二つにされ、喋ることさえ出来ない体にされていた。
 レミリアという吸血鬼は咲夜さんを自分の部下として可愛がっていたのではないのか。
 でもそんな怒りよりも、咲夜さんが死んでしまうという悲しみの方が大きかった。
 レミリアは何かを思いついたかの様に部屋を飛び出す。私と動こうとしない咲夜さんだけになった。
 まだ息はあるのか、私の方を見て口をぱくぱく動かしている。
 何かを訴えようとしてか、健気に声を出そうとしているが見る見るうちに彼女は弱っていく。
 今から医者を呼びに行ったところでもう間に合わないという諦めはあった。それでも何とかしたい。
 かと言って今の私に出来ることなんて何もない。自分の無力さに腹が立ってくる。
 人を助けるために巫女となったというのに、結局助けられたのは自分ではないか。
 何が風祝の巫女だ。どうせ私なんか一人の少女に過ぎなかったんだ。
 ふと気がつくと咲夜が私を見ていなかった。顔を覗きこんでよく確かめてみるが目が動かない。
 恐る恐る胸に手を当ててやると、心臓が動いていなかった。
 彼女の名前を叫んだ。でも返事をしてくれる人はもうこの世に居ない。
 声のした方へ顔を向けると、レミリアとネグリジェっぽい服を着た人が立っていた。
 レミリアの方は顔面蒼白。ネグリジェの人は慌てた様子で手に持っていた本のページを捲っている。
 魔法がどうのって言っている。もしかして咲夜さんを助けられる魔法でもあるのだろうか。
 期待してみたが彼女はもっとよく調べないとと言い、大急ぎで部屋を出て行ってしまった。
 こうしている間にも咲夜さんの体はどんどん冷たくなっている。
 助けてください神奈子様、諏訪子様。咲夜さんに守ってもらえた残りの人生で一切の贅沢を欲しませんから。
 だから咲夜さんを助けてください。一生のお願いです。
 この人を救ってあげてください。ここで彼女が死んでしまうなんて余りにもむごすぎます。
 外の世界では友達が出来なかったが、咲夜さんは私のことを受け入れてくれた。
 それだけでなく、私のことを愛しているとまで言ってくれたのに。
 助けてください神様。私にそんな彼女を、人を一人助ける力をお貸しください。
 留処なくあふれ出る涙のせいで咲夜さんの顔がよく見えない。
 もうただただ祈るしか出来なかった。私の命を捧げても良いから、咲夜さんをお救いください。



   【咲夜】

 数日後、私は目が覚めた。初めは何が起きたのかわからなかった。
 体を起こそうとしたとき足が持ち上がったのを感じて、私は死んだことを思い出した。
 ならば何故私は生きている? ここは冥界か? でも私は紅魔館のとある部屋で寝かされていた。
 部屋に入ってきたお嬢様が私を見ると心底嬉しそうな顔をして抱きついてこられた。
 お嬢様によるとあの後パチュリー様を呼んで魔法で何とかしてもらおうとしたらしい。
 だがパチュリー様は人を回復させる魔法等を知らないのでどうしようも無かったそうだ。図書館中の本を探していたとか。
 そんなとき部屋の中が眩い光で一杯になり、光が収まったかと思えば私は怪我一つない綺麗な体になっていたそうな。
 ただ私の意識は今まで戻っていなかったそうだ。お久しぶり、私の体。
 お嬢様が頭を下げて呼んでくださった竹林の薬師は私の体を診察してすぐに帰ったらしい。
 看る必要すらないぐらい健康的な体だということと言ったそうだ。
 ただの人間である私があんな重傷を負ったにも関わらず、生き返ったのは奇跡としか言い様がないらしかった。
 私が眠っている間、神奈子と諏訪子が紅魔館に押しかけてきたそうだ。
 お嬢様は神に対して素直に謝罪をしたらしい。モンブラン山よりもプライドの高いお嬢様がそんなことをされるとは。
 向こうは早苗を殺されそうになったことに対して怒ったそうだ。まあ当然か。
 お嬢様が今回のことで引け目を感じていたこともあってなのか、私と早苗の交際は認めて頂けた。
 あれから毎日早苗が私の顔を見に来ていたらしい。今日はもう帰ってしまったそうだが。
 今すぐにでも守矢神社へ行きたいと思ったがもう一日ぐらい休みたかった。
 死んだと思ったのに早苗のお陰で生き返っただなんて、今でも信じられないし。
 早苗の方は足を怪我していたと思うのだが、大丈夫なのだろうか。
 最悪空を飛べるだろうから何とかなっているかもしれないが。
 ブラウスの胸ポケットに何か入っているかと思えば、守矢神社のお守りが入れられていた。
 私は神など信仰していないというのに。でも彼女がくれたプレゼントだと思えば嬉しかった。
 意識がはっきりしてきたところでぺこぺこなお腹に物を入れたいところ。
 やっぱり私は今から守矢神社へ行くべきだ。そして早苗の作るご飯をご馳走してもらうのだ。
 お嬢様、咲夜はこれから愛している早苗のところへ行ってきます。止めはしませんよね?

pixiv投稿時に慌てて考えた後書き

「俺の好きなカプのSS書いてよ! そのかわりお前の好きなちゅっちゅ書くから!」ってノリで始めました。
そういうわけでサークル「彼岸喫茶」 浅深さんのさくさなを俺が書きました。
話のあらすじとかは彼の「手を繋いで・・・」というさくさな本そのまんま。
なんといってもこの作品は浅深さんに楽しんでいただくために、がモットーなので。

最初浅深さんから「さくさなが好き」と聞いたときは「はぁ!? こっちはさくみょんだし! 俺の妖夢のけ者にしてんじゃねえよ」とか思ってて「絶対認めない!」とかだったんですけど、何となく書いてみようかと思って書いてみると楽しいのなんの。
え? この後咲夜と早苗がちゅっちゅしてたら妖夢はどうなるのかって?
「さくみょんちゅっちゅしてる幻想郷」と「さくさなちゅっちゅしてる幻想郷」とで分ければオールオッケー!


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